番号11023-15
画題苦露熊退治(くろくまたいじ)
揃い物日本萬歳百撰百笑(ひやくせんひやくせう)
判型大判
絵師小林清親
落款真生
小林清親
年号明治37 年
板行年月1904年5月20日
板元松本平吉
詞書き苦露熊退治(くろくまたいじ) 骨皮道人
我々(われわれ)日本(にほん)の軍人(ぐんじん)ハ、山(やま)をも抜(ぬ)き海(うみ)をも裂(さ)き、水(すい)/火(か)の中(なか)をも更(さら)に恐(おそ)れぬといふ、天下(てんか)無双(むそう)の鉄腸(てつちやう)/男児(だんじ)だぞ、氷炭(ひようたん)相容(あいいれ)ざる憎(にく)い熊(くま)め、イクラ手(て)/前(まへ)が北氷洋(ほくひようやう)の真中(まんなか)に大面(おほづら)を構(かま)へて居(ゐ)ても、斯(か)/う我々(われわれ)が決団力(けつだんりよく)を以(もつ)て取掛(とりかか)りやァ苦露熊(くろくま)の畜生(ちくしやう)何(ど)/処(こ)に迂露附(うろつい)て居(ゐ)るのだ、抜(ぬ)けバ玉(たま)散(ち)る氷(こほり)の刃(やいば)/ 何(なん)でも怒士怒士(どしどし)遣附露遣附露(やつつけろやつつけろ)、と各自(かくじ)に鋸(のこぎり)で/我利我利(がりがり)引(ひ)ッ切(き)るやら、鉄槌(かなづち)で勝利勝利(かちりかちり)と打(ぶ)ッ/・(か)くやら、四方(ほう)八方(ぽう)から粉名微塵(こなみじん)に打砕(うちくだ)/いた、スルと氷(こほり)の中(なか)に顫(ふる)へて居(ゐ)た苦露熊(くろくま)も死(し)/露熊(ろくま)も、みんな慄毛(おぞけ)を振(ふる)ッて氷露裏氷露裏(ひようろりひようろり)と/ 出(で)て来(き)たが、扨(さて)斯(か)うなると所戦(しよせん)もう/ グウの音(ね)も出(で)ず、流石(さすが)の面(つら)の/ 皮(かハ)の厚(あつ)い熊(くま)も餘(よ)ほど兵降(へいこう)/ したと見(ミ)へて、唯(ただ)死案投首(しあんなげくび)/ で、捕虜捕虜(ほりよほりよ)涙(なみだ)を溢(こぼ)しながら/ 熊「どうぞ御勝手(ごかつて)に願(ねが)ひます。
描写銃を小脇に抱え、兵隊帽をかぶりロシアの国旗を胸につけた熊が氷漬けになっている。その氷を、日本兵が六人がかりで、鋸やハンマーやツルハシで割っている。
解説この揃い物の画題の「百撰百笑」は、「百戦百勝」の語呂合わせである。清親と骨皮道人は、日露戦争のプロパガンダ戯画の本シリーズで、敵国ロシア人を徹底的に卑下して描く。本図は、まずロシアを熊に見立て「苦露熊」「死露熊」と地口にし、頑強の日本軍の前では全く無力で、氷の中で恐ろしくて震えている熊を、引きずり出すと、「捕虜捕虜」(ホロホロ)と涙を流し「どうぞ御勝手に願います」(お好きなようにしてください)と謝らせている。
所蔵国立歴史民族博物館
画像提供個人
絵種戯画, 日露戦争絵, 風刺画
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