番号11021-47
画題支那(しな)玉遣(たまつか)ひ
揃い物日本萬歳百撰百笑(ひやくせんひやくせう)
揃い物の解説50枚
判型大判
絵師小林清親
落款清親
清親
年号明治28年
板行年月1895年6月
板元松本平吉
詞書き支那(しな)玉遣(たまつか)ひ  骨皮道人
口上「東西(とうざい)東西(とうざい) - 太夫(たいふ)身支度(みじたく)お/ 整(ととの)ひましたる間、御見物(ごけんぶつ)の御客様方(おんきやくさまがた)へ御(ご)一礼(れい)お致(いた)させ/ まする、随(したが)ひまして是より御覧(ごらん)に入れまするハ、手(て)/鞠(まり)の一曲(きよく)に御座(ござ)ります
太「ヲイヲイ何(なに)を云(い)ふ/ のだ
口上「口上を云(い)ふのだ
太「夫(それ)でハ手曲(てづま)のやうだ、大神(だいかぐ)/楽(ら)の口上でハない
口上「夫(それ)ぢやァ何(なん)と云(い)ひませう/
太「何ととハ知(し)れた事、斯(こう)云(い)はねバ行(いか)ぬ/ エエ扨(さ)て、
口上「エエ扨(さ)て、扨て、扨て扨て扨ての軽業(かるわざ)/ ハ
太「コンナ騒々数(さうざうしい)扨(さ)て此處(ここ)許(もと)御覧(ごらん)に入(い)/ れまする芸道(げいどう)の儀(ぎ)ハ、新発明(しんはつめい)支那/玉の遣(つか)ひ分(わけ)に御座りまする、先(まづ)だんまり/ で、朝鮮(てうせん)を鞠呑(まりのミ)にしたのが恥毬(はぢまり)で、夫(それ)より日本兵に・懲(うちこら)されて、つまりこま/りてうづく鞠(まり)あや鞠(まり)入(い)りたる体(てい)までを御覧(ごらん)/ に入(い)れます
口上「イヨ口上(こうじやう)御苦Γ崖音(ごくらう)御苦Γ崖音(ごくらう)、親方(おやかた)ハ口上言(こうじやういい)/ の頭(あたま)をポカーリ 
口上「ヲヲ痛(いて)へ痛(いて)へ コウ親方何(なん)だッ/て突抜(だしぬけ)に人(ひと)の頭(あたま)を張倒(はりたふ)すのですへ
太「支那兵/ を鞠(まり)に突(つく)のだから頭(あたま)ッ張(はり)ハ当然(あたりまへ)だアハハハハ
喇叭「ヒヨ/ットコヒヨットコヒヨットコヤ
描写日本兵の将校が左手に、先の尖った銃剣のついた玉遣いの道具を持ち、右手で玉のように丸く小さい清国人を投げあげて、銃剣の先で突き刺している。傍で兵隊がラッパを吹いている。
解説この揃い物の画題「百撰百笑」は「百戦百勝」の語呂合わせである。清親は、日清戦争プロパガンダ戯画の本シリーズで、敵国清国人を徹底的に卑下して描く。本図が出版された1895年6月の国内はまだ、日本の大勝で4月に終結した日清戦争の戦勝気分が濃厚であったようだ。これは、日本兵が清国兵を手玉にとり銃剣で突き刺す残酷な場面であり、清国兵の弱さを象徴的に描いている。詞書きには、「朝鮮半島を鞠(丸)のみにしようとした」「恥鞠(始まり)」「こまり(困り)て」「うずく鞠(まり)」「あや鞠(まり)入りたる」等など、様々な「まり」を使った言葉遊びが随所に見られる。
所蔵国立歴史民族博物館
画像提供個人
絵種戯画, 日清戦争絵, 風刺画
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